仏舎利への崇拝供養
一説によりますと、大乗仏教はこの仏塔を中心とした信仰者の集団から発展したものであろう、といわれています。
すなわち、釈迦が入滅してからその仏舎利(遺骨)を信者が処理し、それをまつる仏塔をたて、その経営維持に出家した僧である比丘たちは直接参加せず、信者にまかされていたようです。
そして、この仏舎利の崇拝や供養がさかんになるにつれて、インド各地に分骨された仏舎利の塔がたてられ、多くの荘厳具や金銭が寄進され、仏塔を中心とする信仰共同一ができ上がっていったといわれています。
この新しい集団は、比丘でもまた単なる信者でもない、非僧非俗の集団で、釈迦の遺徳をたたえる人びとであり・・・
彼等は歴史的人物である釈迦を理想化し、その目に見えない精神活動を崇拝するあまり、そのはたらきを仏像などに具象化し、経典の中で象徴的に具現化していったものと考えられます。
釈迦の教団の直系であると自称する比丘たちの上座部の集団は、一般への布教に専念するというより、どちらかというと自らの修行や仏教教義の研鑽に重きを置き、厳格な出家主義をとってしだいに一般社会から浮き上がっていったきらいがあります。
創価学会 仏壇を持っている方なら、きっとこのような話をご存知のはずです。
それがやがては教団自体に新鮮さを失わせ、形式主義を横行させるもととなり、大乗仏教の信仰者から彼等に対して小乗という既称が与えられるようになったのです。